ブログ
売上1兆円を目前にしたAdobeはサブスクリプションビジネスの成功例とされますが、基幹事業であるPhotoshopなどデザイナー向けソフト事業は、見た目よりも停滞している可能性があります。
Adobeは2012年、DVDやダウンロードによる商品販売をやめ、定額サービス(サブスクリプション)に移行しました。PhotoshopやIllustratorなど複数のソフトをまとめた、Creative Cloudと呼ばれるソフト群を月額で提供しています。
開始直後は、ソフト販売が大幅に下がり2013年は売上が8%もダウン。しかし翌年から回復し、2016年からは前年比20%増が続いています。
Adobeは「サブスクリプション(青)」「プロダクト(赤)」「サービス(黄)」別に売上を公表しています。
2018年サブスクリプションの売上は79億ドル(約8400億円)。最盛期のプロダクト売上34億ドル(約3600億円)の2倍を超えています。これだけを見ると、デザイナー向けソフト事業をサブスクリプション型に移行して売上が倍になった、と言えなくもありません。
売上構成を100分比でみます。すると、サブスクリプション売上がプロダクト(商品販売)を初めて上回ったのは2014年頃、つまり月額制に移行して2年目頃だとわかります。
しかし、この『サブスクリプション売上』には、注意が必要です。
なぜなら、Adobeのサブスクリプションは主力のデザイナー向けCreative Cloud以外にも、PDF関連ソフト事業と企業向けソリューション事業、計3つもあるからです。Adobeが公表するサブスクリプション売上は、これら3事業すべて含みます。
つまり、Adobeのサブスクリプション売上だけを見て、フォトショップやイラストレーターなどデザイナー向けソフト事業が伸びていると判断はできません。特にMarketo社の買収など、ここ数年は法人向けソリューション事業の伸びが大きく、むしろデザイナー向けソフト事業は停滞している可能性があります。
そこで、Adobeが決算時に時々に公表する、Creative CloudのARRをみます(ARRとは、『Annual Recurring Revenue』年間継続収益を差します)。
2014年11月期末、Creative Cloud単体のARRは16億ドル。
出典:Adobe Q4 and FY2014 Earnings Release
2015年11月期末、Creative Cloud単体のARRは26億ドル(約2700億円)。少なくともこの時点で、デザイナー向けソフト事業が3000億円弱あることがわかります。ちなみにこの時点では、全サブスクリプション売上の8割をCreative Cloudが占めています。
出典:Adobe Q4 and FY2015 Earnings Release
ところがAdobeは2015年から、Creative Cloud事業のARRを公表しなくなりました。つまり、デザイナー向けソフト単体のサブスクリプションビジネスの規模がわからなくなったのです。
ほぼ同時にAdobeは2000億円規模の買収など法人ソリューション事業を拡大。買収した企業が法人向けに『サブスクリプション』サービスをすでに提供しているため、Adobeのサブスクリプションは必然的に拡大します。今のサブスクリプション売上高は8000億円近くありますが、そのうちCreative Cloudがどれほどを占めているのかは、わかりません。
参考記事『Adobe サブスク開始直後の会員数推移』
ここからは推測ですが、おそらくCreative Cloud事業は全社売上ほど伸びておらず、単体では4000億円ほど(本記事の執筆時2019年)ではないかと考えています。
Adobeはサブスクリプションビジネスの成功例とされます。PhotoshopやIllustratorをパッケージで販売していたころよりも、事業規模が2倍以上に増えたのは、間違いありません。しかし、2015年以降の売上の伸びは、どちらかというと、法人ビジネスのサブスクリプション売上を重ね合わせて、みせています。
Adobeはデザイナー向けソフト事業で1兆円に到達しそうに見えますが、内情はそこまでシンプルではない。少なくとも、3000億円規模の商品販売ビジネスを、サブスクリプションサービスに移行したら売上が1兆円に急拡大した、という単純な話ではなさそうです。