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Adobe社は2012年当時、3000億円規模のパッケージ販売からサブスクリプションに移行しました。今やサブスクリプション売上は8000億円(2018)に成長しています。
商品販売企業にとって、サービス化やサブスクリプションへの移行は大きな課題。パッケージ販売を止めてサブスクリプションに移行した、Adobeの当時の状況と戦略を振り返ります。
2011年のAdobeは、長年主力製品の販売数が伸びない状況にありました。11月には750人のレイオフを発表。
スティーブ・ジョブズからはFLASHを強烈に批判され、ウェブサイトのアニメーションや音楽再生の分野で敗北します。この時期、Adobeは明るい雰囲気ではなかったはずです。
アップル社の公開レター(英文):Thoughts on Flash
そんな中、Adobeは主力製品を定額で利用できるサブスクリプションサービスを発表します。
ADOBE 2011 FINANCIAL ANALYST MEETING
月49ドルから月69ドルでフォトショップ含む全ソフトの最新版を提供。Creative Cloudと名付けられました。
彼らが何をアピールしたかったのかがよくわかる、サービス開始当初のプロモーションビデオをご紹介します。
実は半年前から、Adobeはサブスクリプションをテスト運用しています。2011年4月に発売したCREATIVE SUITE 5.5で、旧来のパッケージ販売と並行し月29ドルからフォトショップを利用できる月額定額制を導入していたのです。
このトライアル結果のポイントを、Adobeは戦略発表の場で紹介します。
彼らが強調したポイントの1つは、定額ユーザーの38%がAdobe製品を初めて使うユーザーだったこと。10万円近くするソフトに手が出なかったユーザーが、月5000円であれば利用を始めてくれた。
正直38%という比率は、実数を見ないと高いか低いかはわかりません。しかし高価格にもかかわらず、新規顧客が増えたことは、閉塞感のあった当時のAdobeを勇気付けたはずです。
もう1つAdobeがあげたポイントは、76%のユーザーがサブスクリプションでなければバージョンアップしなかった、と答えたことです。
提供する側からすると、古いバージョンが使い続けられるのは問題。互換性やサポートなど対応コストが増え、最新機能を知らずに解約される可能性もあります。
しかし使う側からすると、仕事道具であるフォトショップやイラストレーターは、新バージョンへ移行しづらい。操作が変われば作業効率が一気に落ちる上に、取引先と使用バージョンが違うと思わぬトラブルも起きる。1本あたりの値段も高い。
定額なら最新版に移行しやすいことはわかるのですが、Adobeにとっては想像以上の数字だったのではないでしょうか。
ただし、Adobeはサブスクリプションに移行した当時フォトショップの利用者団体やブログなどで、批判を多く受けました。背景の一つがアップグレード割引の条件変更。5,6年前のソフトを買っていれば最新版を割安で買えたのが、ここ2年くらいに買ったバージョンでないと、割引が受けられなくなりました。
おそらくAdobeはアップグレードのハードルを上げ、サブスクリプションへの移行を加速させたかったのでしょう。ただ今振り返ると、あわててルールは変えなくても、いずれユーザーは定額に移行しただろうと思います。
ユーザーの批判とは逆に、株主からは当初から好評だったサブスクリプションへの移行。2012年4月サービスを開始、半年後の決算では、12万6千アカウント。翌年は143万アカウントと順調に会員数が伸びます。
参考記事『Adobe サブスク開始直後の会員数推移』
月額サービス開始から1年後、Adobeは思い切ってパッケージ商品の開発を停止。サブスクリプションに完全移行することを発表します。
出典:Adobe Accelerates Shift to the Cloud
これもユーザーから批判されました。しかし、私自身はこの判断は正しいと考えます。サブスクリプション移行は中途半端にしないほうがいい。両方を並行すると、社内リソースは分散し、ユーザーも選択肢が増え混乱するだけだからです。
サービス開始の翌年、Adobeの売上はパッケージ販売が下がり、低単価のサブスクリプションに以降したため、9%近く下がります。しかし2年後には回復、5年後に倍増します。
この急上昇には、サブスクリプションの移行だけでなく、他の事業拡大などカラクリがあります。これは別記事でご紹介します。
参考記事『複数事業の重ね合わせ。 Adobeサブスク売上のからくり』
9万円のソフトが月2480円で利用できるAdobeのサブスクリプション。3年間払い続けると9万円。1本のソフトだけでお得感はありませんが、Adobe全ソフトが使えるプラン(5680円/月)はお買い得。自社ソフトを多く使ってもらいたいAdobeのねらいが伝わります。
もっとも、現実をみれば、イラストレータやフォトショップは業界標準であり、簡単に他社ソフトに切り替えできません。操作に慣れた人ほど切り替えるハードルも高い。
強い立場だったからこそサブスクリプションへの移行が成功した、という一面もあり、誰にでも真似できるやりかたではなさそうです。